聖霊降臨ノヴェナ 4日目 エジルソン

ガラテヤの信徒への手紙

霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。キリスト・イエスのものとなった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです。わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。

今日のノヴェナのテーマは「親切」です。
この分かち合いをすることをきっかけに「親切」という言葉について考えてみました。そこで、なんで「親を切る」と書くのかなと疑問に思いました。で、辞書で調べてみると、親切という言葉は「親を切る」という意味ではなかったのです。
「親」という漢字は、木の上に立って見ると書いて、我が子の安否を気づかうという意味があります。他には、親しい、身近に接する、ピッタリ合うという意味があります。
そして、「切」、切るという字ですが、「刃物をじかに当てるように」、「身近である」、「行き届く」という意味があるそうです。
よって、相手の要望を満足させるさま、相手の願い通りにしてあげることの他にも身近に寄り添い行き届くようにするという意味が「親切」という言葉にあります。
この熟語の意味を明らかにしてから、黙想しました。それで、このパウロの手紙の箇所を思い出しました。親切は霊のみのりであるとパウロが言っています。つまり、いくら、自分から親切であろうとそれは不可能なことであり、聖霊の働きによってでなければできないのです。
宣教師・キリスト者・聖霊に満たされているものとして、私たちは貧しい人、小さくされている人々を第一にし、親切に接しなければなりません。しかし、親切の意味が示すように、彼らと接するときは、彼らの身近に行き、寄り添うことが求められます。なぜなら、聖霊がそう促し、そのように私たちを導いてくださいます。
人間である私たちは時に困難、迷い、不安、怒り、妬み、などを感じることがあるかもしれません。そのような時を乗り越えることができるように、私たちの親である三位一体の神が私たちを見守っていること、共にいること、ぴったりと身近にいて寄り添っていることを思い出し、パウロが言うように、霊の導きによって前へと進むことができるように祈り求めましょう。

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