2日目 アフリ助祭

創世記49:1-2.8-10

「ヤコブの息子たちよ、集まって耳を傾けよ」。この聖書箇所を読んだ時に、特にこの一つの文章が一番印象に残っています。なぜならば、東北のボランティアの体験と少し関係があるからです。ボランティアに行ったことがある方は、お茶っこあるいは傾聴ボランティアを知っているはずです。活動の主な内容は話を聞くことと、一緒にいることです。そこで実感したのは、話を聞くのが簡単なことではありません。言葉の問題があって、話を聞こうとしている「努力」が必要という風に感じました。

「集まって耳を傾けよ」というヤコブの呼びかけの目的は、息子たちに将来に起こることを伝えることです。これは単にヤコブの言葉ではなく、ヤコブは神から聞いたことを息子たちに伝えるのです。つまり、ヤコブが伝えるのは、神の言葉です。ヤコブの息子たちが聞かなければならないことは様々あります。特に、ユダのことについて次にように書いてあります。「王笏はユダから離れず、統治の杖は足の間から離れない」。この言葉は将来に起こること、また神学的な内容と関連があるので、理解するには「努力」が必要だと思います。神の言葉には、豊かなメッセージなどがあるはずです。私たちたちは何らかの「努力」の形で神の言葉に耳を傾けることによって、私たちの生き方に影響が与えられています。

「集まって耳を傾けよ」という言葉を読んだ時に、個人的に「神の言葉を聞く場」のことをすぐに思い浮かびます。「集まって耳を傾けよ」とは、共同体として共に集まって、神の言葉を聞くという呼びかけのではないかと思います。技術などを発展している世界に生きている私たちは、様々な選択肢に直面しています。例えば、いろいろな本の種類がある中で、聖書はその一つであり、どんな本を読むのかは私たちが選択しなければならないのです。正しいものを選択するためには、私たちの努力が必要です。

待降節は特別な時期であって、神の言葉に耳を傾ける、あるいは神が伝えようとしていることを聞く時期でもあると思います。「ヤコブの息子たちよ」という呼びかけは、私たち一人ひとり、あるいは共同体としての呼びかけでもあります。私たちの共同体はどのように神の言葉を分かち合う場として作っていくのでしょうか。相応しいクリスマスに向かうことができるように、共同体としてこの問いの答えを共に考えましょう。