月別アーカイブ: 2010年12月

2010年ガブリエル 特集 御聖体──共にいます神 「立願神学生 ライチャーニ・ヤコブ」

クラシックが好きな人なら、フランクのPanisangelicus(天使の糧パン)やモーツァルトのAveverumcorpus(めでたし、まことの体よ)という曲を必ず知っているでしょう。この二つの歌は両方とも、カトリックの秘跡の一つであり、いや、その中心である御エウカリスティア聖体を題材にしたものです。実際、この秘跡には他にも様々な呼称があります。ギリシャ語のエウカリスティアを直訳すれば「感謝の捧げ物」と呼び、旧約聖書から表現を借りて隠喩的に「マンナ」と呼び、「魂の霊的な糧」と呼ぶことがあります。それらは、みな象徴であり、御聖体のある一面を表すに過ぎません。なぜなら、七つの秘跡の中でも御聖体は秘儀で、説明しようにもし切れないからです。

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2010年ガブリエル 特集 聖体 「立願神学生 チェン」

今年から典礼係を担当するため、ホスチアの注文をしています。小麦粉から作られた小さくて白い餅のようなホスチアは一枚二円の小さいのと一枚八円の大きな二種類があります。毎日、神学院のミサの中に、この二種類のホスチアは聖変化により、聖体となり、神の恵みと共に皆が拝領しています。

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2010年ガブリエル 特集 聖体 自分を与え、招き、他人に導かれること 「立願神学生 ブー・カイン・トゥオン」

キリスト者にとって、聖体は神の現存であり、神の愛のしるしである。しかし、聖体の秘跡を成立されたのは人間の間にいるためだけでなく、働いている神を示している。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ一章一四節)

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2010年ガブリエル 特集 聖体への尊敬 「立願神学生 ヨセフ」

聖体は信徒の魂の糧とよく言われます。言うまでもなく、聖体は我々にとって非常に大切なものです。なぜなら聖体によって養われているからです。イエス様は我々に対して本当に並々ならぬ心配りをして下さいます。イエス様は「我々はイエス様が必要です」と知っていますから、我々のために聖体と言われる秘跡的な形でこの世にいます。我々はミサに参加するたびに、聖体を食べることができます。現代の教会では毎週の日曜日に信徒が聖体をいただくことができます。それはイエス様に対する我々の信仰を強めるのに役に立つに違いないです。

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2010ガブリエル 特集 ご聖体・不思議な秘跡 「立願神学生 トラン・ドゥク・ディェム」

ご聖体というのは、ミサの中で信者が拝領するパン(ウエハースのようなもの)です。ミサは最後の晩餐を模して行われるものですので、私たちはミサの中で主イエスと共に食事をしていることになり、そこには、深い意味が秘められていなす。この深い意味を知るには、内容が「相似形」(似たような内容)で構成されているキリスト教の聖典である旧約聖書と新約聖書を理解する必要があります。旧約聖書は天地創造(世界の始まり)から、ユダヤ人(イスラエルの民)と「神の契約」が記されたもの。新約聖書は、イエスの誕生から弟子たちの時代までのことが書かれた「神の契約」です。新約聖書を読むときには、旧約聖書に書かれた相似形の内容を思い起こすことによって、より深く理解することができます。

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2010年ガブリエル 特集 治療は、命のパンがもたらす 「立願神学生 音流尊バルバロナ」

「私は命のパンである……しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。私は天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである……イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得、私はその人を終りに日に復活させる。」(ヨハネ六章四八節、 五〇~五一節、五三~五四節)

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2010年ガブリエル 特集 聖体とエコロジーの関係 「立願神学生 ダディ・オンケン」

ローマ・カトリック教会の聖体祭儀は「イエスの最後の晩餐」の祝典です。イエスは使徒たちにパン「体」とぶどう酒「血」を与え、「これを食べて、飲みなさい」と言いました。この祝典の中には、「収穫のささげ」、「罪の赦し」の祝典もあります。信徒は神をほめたり、イエスが来られたりすることを信じています。以上の考えにより私は、聖体祭儀におけるシンボルは生態系と関係があると思います。聖体の全体とすべてのシンボルに環境的な意味があると思います。これから、聖体とエコロジーとの関係を見てみましょう。

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2010年ガブリエル 特集 聖体訪問について 「日本管区長 市瀬英昭」

小学校低学年のころだったと思います。ある日の教会学校の三〇名くらいのクラスで、シスターから質問されました。「神さまがいらっしゃることはどうしてわかりますか? ヒデアキくン」。唐突な質問だと思いましたが、私は、少し考えてから、「ご聖体があるから!」と、これもいきなり答えました。シスターは嬉しそうな、でも、少し困ったような顔をされました。もっと一般的な例から話をはじめようと思われたのでしょう。私の出身教会は歴代、神言会の宣教師が担当する小教区でした。そして小さい頃から、神言会の司祭たちが非常に大事そうにミサを捧げているのを見ながら、ミサと聖体が信者にとってとても大切なものである、ということを無意識の内に学んできたように思います。感謝しています。

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2010年ガブリエル 特集 I’m What I Eat 「志願生指導司祭 A・サガヤラジ」

我々は日々食事を行う。朝食、昼食、夕食、どれも我々の体力を維持するためには必要不可欠であり、それと同時に生きる力を与えてくれるものでもある。どのような栄養をとり、どのような食材を選ぶかによって我々の生活は変化するし、そのことは様々な国の文化を見れば一目瞭然ではないだろうか。しかし食べることとは我々が生きていくための共通的な根本部分であり、それはどの文化においても同じである。

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