2010年ガブリエル 特集 聖体 「立願神学生 チェン」

今年から典礼係を担当するため、ホスチアの注文をしています。小麦粉から作られた小さくて白い餅のようなホスチアは一枚二円の小さいのと一枚八円の大きな二種類があります。毎日、神学院のミサの中に、この二種類のホスチアは聖変化により、聖体となり、神の恵みと共に皆が拝領しています。

聖変化はミサ中で一番荘厳で重要な時期といえるでしょう。全会衆がひざまづき、司祭は天の神に対し、以下ように言います。「主イエスは渡される夜、パンを取り、あなたに感謝をささげて、祝福し、割って、弟子たちに与えて仰せになりました。『皆、これをとって食べなさい。これはあなたがたのために渡される私の体である。』」その後は聖別されたホスチアを会衆に示します。このホスチアはすでに聖体になりました。これより、ローマカトリックのミサ典礼の聖変化になり、聖体の秘跡このように行われています。しかし、聖体の秘跡の起源はローマの文化伝統によるのではなく、東方のギリシア文化やヘブライ文化での初期キリスト者の集いによるものであります。その最初の源は最後の晩餐に遡ります最後の晩餐について、マタイ福音によれば、「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『とって食べなさい、これは私の体である。』」

最後の晩餐によりミサが制定されましたが。これより前に、五千人に食べ物を与える奇跡により、聖体秘跡を予言した説もあります。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。」(マルコ六章四一~四二節)

さらに、ギリシア語のルカ福音はパンを食べるときに、「私を記念するため行いなさい。」を加えました。したがって、聖体秘跡はイエスの救いという史実を記念するため、イエスの宣教、受難、復活を想起させるため、イエスの教えと救いの業は原罪の躓きを超えることを記念するため行われることが分かります。

しかし、聖体秘跡と逆に、人類の始祖の堕落について、「取って食べ」という言葉も現しました。「女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。」(創世記三章六節)そして二つの「取って食べ」について、様々な疑問が生じました。何を取って食べるか?(聖なるパン或いはサタンの実)何のため取って食べるか?(私欲或いは神への愛)どうのように取って食べるか?(迷惑或いは信心を持ち)

何を「取って食べ」について、神は人間に選択する権利を与えるのか。自由意志により、人間はいつでも聖なるものへ近づくことができます。以上の対比から、聖体の聖なる意味が明らかになるでしょう。