2010年ガブリエル ひろっぱ わたしの俳句 「鼓舞」

わたしが俳句をやっているのは、やや小さな俳門です。いつしか永い歳月が流れても、自分がちっとも上達しないことを切実に感じています。わたしは俳句を好きでやっており、旅行中や登校の時など、ついつい五・七・五調で考えてしまうだけなのです。時間が経っても実力はあまり上がらない、それどころか、初心の頃の方が上手かった気さえするけれども、今年も素朴な句を幾つか掲載させていただきます。

旅にて
仮寝して藁の匂ひや夏の果

軽井沢にて詠める
初秋の柴を分けゆく清水かな水引草散歩の友となりにけり道行かば良寛想ふ尾花かな

介護実習の朝に詠める
雨後の朝打たれて寝たる晩稲かな

晩秋に学事に追はれて
渋柿を文鎮として用ゐけり

冬来れば、熱燗を飲みて詠める
熱燗や一人称の俺となる

初釜にて
屠蘇つがれ男ひとりの茶会かな

如月の頃、暫くぶりに郷に帰りたれば
梅が香や雑事残して国へ発つ帰省せる朝のホームや息白し

父の若死にを悼みて詠める
降る雪や忘れ得ぬ顔二度と見ず

二十七歳の誕生日を向かひければ
うぐひすの聞き放題や誕生日

教育実習の帰路にて
紫陽花やチョークまみれの背広かな

海水浴に来たれば
雲海や別の世界に連れ行かれ波の数数ふる夏の浜辺かな
夕焼けに小波浴びる子供心夏の海砂に念ひを書きまくる

残暑のころ、夏を惜しみて詠める
実りたる稲で駆けっこ蜻蛉かな今宵逢ふ明日別るゝ盆をどり

異常な暑さに接したれば
喜雨とさへ思ひて待てる野分かな

わたしが俳句の師匠と仰いでいる俳人は、小林一茶や正岡子規などです。それらの作品には遊び心があり、滑稽味があり、また生きるゆえの切なさも痛いほどの正直さが満ち溢れています。もちろん、わたしの俳句は彼らには及びませんが、詠作すること自体がわたしにとって一つの楽しみです。今年もお読みいただき有り難うございました。