2010年ガブリエル 特集 初聖体を通して 「志願生 森 智宏」

「聖体」という言葉を聞いて、最初に私の頭をよぎったのは、初聖体の時のことだった。私が初聖体を受けたのは小学三年のときだったが、災難続きだったのは、今でも記憶している。

私の出身教会は、田舎で過疎地であるため、教会に集まる人数は多くなかった。そのため、初聖体に向けての指導をしてくれる人はなかなか見当たらなかったし、初聖体を受ける人も私一人だった。しかしながら、無事に初聖体に向けて勉強がはじまったが、その年の年度末に指導してくださっていた方は東京に行ってしまい、主任司祭も転属になってしまったので、結局一年待つはめになった。

紆余曲折を経て、初聖体の日は巡ってきたが、ここに至っても災難が訪れた。教会に私の初聖体が忘れられていたために、その場しのぎで初聖体の準備をした。多くの人が慌てふためいて準備をしてくれたことは、今でも鮮明に覚えている。

多くの人に忘れられ、災難の続いた初聖体だったが、修道会でシスター方が私の初聖体のために祈りをささげてくれていた。このときに私は見守ってもらえることのありがたさを感じた。

私の初聖体への道のりは長いものだった。しかし、その道程で多くの人が手を貸してくれたことは、これからも忘れないと思う。そしてまた、私を今までもこれからも災難があるときは、手を貸し、見守ってくれる人の存在を感じ、感謝のうちに生きてゆきたいと、初聖体のころを思い出すたびに感じる。