2010年ガブリエル 院長挨拶

私は人間ウォッチングが好きです。電車やバスの中の人、買い物中の人、勉強中の学生、病院で自分の順番を待つ人、食事をしている人、さらにミサが終わって教会から出てくる人などを観察するのが好きです。Beauty Machine 変わった趣味かもしれません!色々な異なる所で見る彼らの顔が様々な気持ちを表現しています。それぞれの場面によって、彼らの顔には嬉しさ、悲しさ、痛み、苦しみ、孤独さ、楽しさ、夢や希望などが表れています。顔のその表情は、彼らの現状を表しているのでしょう。

ところで、ミサに預かった後に教会から出てくる人はどんな顔をしているのでしょうか?命の食卓に預かり満たされたはずの人々は、どんな顔で出てくるしょうか?喜びで満たされた顔?それともやっと「義務」が終わった顔?あるいは長い説教から解放された顔?たぶん人によってそれぞれでしょう。しかしイエス・キリストは、ご自身の体を私たちのために食べ物として、またその血を飲み物として与えてくださっています。その食卓に預かった私たちはどのような顔で聖堂から出てくるのでしょうか?私の経験は普遍的でもなければ、人々を判断するものでもありませんが、ただしばしば思うことは、下向き、うつむきの人が多いのではないかということです。それはたぶん救い主であるイエス・キリストをいただいたという実感がないからかもしれません。

神学者で諸宗教対話などでも知られていたレイムンド・パニカー師は二〇一〇年八月二六日に亡くなられました。以前、彼が南山大学の宗教文化研究場を訪れた時、一緒にミサに預かりました。師は、説教の中で禅仏教の修行者のようにキリスト者もキリスト教的「公案」を作らなければならないと言いました。さらに、仏教の修行者への「公案」には「もし修行中、仏陀に出会ったら殺せ」というのがあり、その意味は既に悟った人に固執せず、今度は自分自身が「仏陀=悟った人」にならなければならないということです。そこで彼は、「キリスト者は、もしキリストに出会ったら食べろ」と言ったことを今でも覚えています。たぶん師が言いたかったことは、キリスト者がイエス・キリストに「聖体」を通して出会う時にキリストの体を食べそしてキリストのようにならければ……ということなのではないかと思います。

イエス・キリストは、最後の晩餐の時に弟子達と一緒に食事をした際に自分の体と血を弟子達に「食べ物」として与え、またそれを記念するように命じました。教会の初めからイエス・キリストに従った人々は、一緒に集まり、祈りまた食事を共にすることによってイエス・キリストを通して神がなさった救いの業を思い起こしてきたのです。その記念が現在まで思い起こされ、それを私たちは「聖体」または「ミサ」と言っています。好きな食べ物をいただいた人は「御馳走様」と満足し、心でその美味しい食事に対して感謝を述べるのです。日ごろの心の支えとなっているキリストの「聖体」祭儀に預かって、その体を命の糧としていただいている私が感謝を忘れてしまうことを思い反省しています。 さて、「聖体」をテーマにした二〇一〇年度の神言神学院の小冊子『ガブリエル』を感謝のうちに皆様にお届けできることを光栄に思っています。現在、神言神学院には、神言会の神父、修道士、神学生や志願生を始め、トラピスト会の神父、ヴィアトール会の神学生、グアダルぺ宣教会の神学生、及びベトナム人で大分教区の神学生を含む三五名あまりの一二ヵ国出身の人々が日本語で哲学や神学を学びながら生活を共にしています。一般の社会から見ると不思議なことでありますが、そういう生活について、神言会の会憲の序文には、「神の愛と恩恵は、我々を種々の異なる民族と大陸から一つの宣教共同体へ呼び集められた」と神言会の特徴が述べられています。それぞれの生まれ、文化、所属する教区、修道会また働く場所が異なっていても、私たちを一つに結ぶのは、毎日の「聖体祭儀」以外、他にないと思います。私たちは、キリストの体の一部としての認識を持って、この一生涯をキリストの体である「教会」すなわち「神の国」の完成のために働けることを望んでいます。この望みは、私たちだけではなく宣教と信仰のパートナーである皆様と一緒になって初めて完成へ向かって歩めることだと思っています。この小冊子にそれぞれの考え、夢、希望、望みなどが含まれた記事が書かれているのですが、それぞれの置かれた場での経験を生かしたものだと思いますのでどうかご一読ください。

さて、神言神学院はキリスト者の生活の中心である「聖体」を実感する場所として、また多くの方々にその「聖体」運ぶ者の養成の場所として存在を続けています。この事業が四〇年あまり継続されているのは、皆さんの掛け替えのない支えの御蔭です。また、ここ一年半の間、神言神学院の改修について話し合いなどをしてきた「神言神学院改修実行委員会」によって提出された改修案は、神言会日本管区と神言会総本部によって許可されました。今後その改修の実行に取り組む予定です。しかし皆様の支えなしに、Hair removal machine このような大きな改修事業に取り組むことはできません。厚かましい、とは存じますが、今後とも皆様の変わらぬ支えをお願いいたします。聖体」を通してご自身を私たちに絶えず示し、満たしてくださる主イエス・キリストの豊かな恵みと祝福をお祈り申し上げます。感謝のうちに!