2014年度ガブリエル91号「家族と教会 ―比較的反映―」終生誓願立願神学生 ディエゲル・アルフォンスス・アフリ

終生誓願立願神学生 ディエゲル・アルフォンスス・アフリ

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家族と教会 ―比較的反映―

終生誓願立願神学生 ディエゲル・アルフォンスス・アフリ

私たちはそれぞれの家族の背景があり、それぞれの家族の背景を互いに分かち合うとすれば、家族の特徴が豊かになると言えるのではないかと思います。家族の背景と言えば、一切が楽しいことばかりのではなく、「生活を維持するための苦しさ」もあります。しかし、様々なことがある中で、家族の一員として、また家族から出た私たちはどのように家族の豊かさを把握するのかが大事なことだと思います。家族の一員でありながら、カトリック教会の一員でもある私は、自分が反映した家族と教会の比較を皆さんと分かち合います。

家族は愛によって築かれるということが根本的な考え方だと言えるでしょう。この愛は父と母また両親と子供たちの間に限定されている関係のではなく、幅広く考えてみるとすれば、この関係は両側の親戚をも結びづいています。なぜならば、結婚によって男と女だけではなく、男と女の親戚の間も関係を結びづいているからです。つまり、男と女の愛によって多くの人の関係が築かれるということです。教会も愛によって築かなければなりません。教会がイエスの教えと生涯を生かしているのは大事な行為だと思います。イエスは「愛」という教えを大切にし、またその教えを積極的に実践しました。さらに、イエスの全ての生涯によって、その愛を完全に実現しました。イエスの宣教の後継者である教会はその教えを守り続けなければなりません。前述したことの共通点は家族と教会と同様に「愛」によって築かれることにあります。

家族は子供たちを教育するという役割をも果たしています。教育は「学び」という言葉に焦点を当てているのです。広い範囲で考えてみれば、教育は「導き」という役割が適切のではないかと思います。なぜ家族内の教育は「導き」という目的を有しているのかという問いに対しての答えは、子供たちが最初の教育を受けるのは、家族内にあるからです。両親の導きによって、子供たちを成長させ、また家族内での教育は将来に向ける準備が始まっています。換言すれば、両親の大事な役割は、子供たちを導くためなのです。教会はまともに教育に携わる役割を果たしていると思います。教会が良い価値観、良いことを教えるのは、信徒を導くためなのです。家族内での教育は、人生のために必要なことを教えるのが対象となっています。そこで言えるのは、家族と教会が互いに人間のために、教育の役割を果たしています。家族と教会が互いに協力すれば、この役割の目的を達成することができるのではないかと思います。家族は諸々の良いことの基礎を教えることが出来るとすれば、教会はその良い基礎から簡単に教育の役割をも果たすことが出来るのです。

前述した通り、家族は愛によって築かれます。家族は愛によって築かれるとすれば、その愛の素晴らしさを他者にも伝えなければなりません。愛を伝えることは、家族の一つのミッションの仕方なのです。愛によって築かれるとすれば、家族は全員愛の大切さを知るはずです。しかし、愛の大切さを知るだけだとすれば、その愛はまだ実現していません。他者に対しての助け合い、協力し合い、係わり合いなどの中で実践すれば、その愛を実現することが出来ます。イエスの後継者である教会は、イエスのミッションを受け継いで、現代においてそのミッションを多くの人に伝え続けています。イエスのミッションは、弱者、貧しい人、差別される人に神様の愛をのべ伝えることです。現代の教会もイエスが行なったことに倣い、イエスがもたらしたその愛を多くの人にのべ伝えなければなりません。家族と教会と同様に愛によって築かれるだけではなく、その愛の目的を達成することを家族と教会の一つの優先的なミッションにすべきです。

教皇パウロVI世は《Evangelii Nuntiandi》の中で次のように書き記しました。「家族は小さい教会である」。家族と教会が果たしている役割は互いに関係があるので、互いに支え合うのが必要な行動なのです。前述した家族と教会の共通点から言えるのは、小さい教会である家族は大事な役割を果たしています。家族内で諸々の良い基礎をうまく伝えるとすれば、教会はその基礎から信徒の信仰をうまく成長させることができると思います。