2014年度ガブリエル91号「考える力」志願生 浜田 叶夢アンドレ

ディンド神父とアンドレ

ディンド神父とアンドレ

考える力

志願生 浜田 叶夢アンドレ

自分の家族について語るのは大変照れくさいものです。しかし、家族を客観的な目で眺めて感動する話は、Facebook,Twitterなど世間の人々の声を届ける、いわゆるSNSを散々に使いこなしてきたのであれば、頻繁すぎてもはや当たり前のようにそのような話を目にしていることでしょう。例えば“FAMILY”というのは実は “Father And Mother I Love You” という一文のそれぞれの単語の頭文字を取って表されたものである、というのが典型的でしょう。
そこで私も同じ手を使って本題にアプローチしようと思いまして、「家族とは」とグーグルで検索しました。ウィキペディアをはじめ、ブログなどに実に素晴らしい書き込みがずらずらと並んでいました。その中で目に留まったのは、「悩み解決・幸せ生活向上サイト」を目指す、happylifestyle.com が載せている「『家族とは何か』を考える30の言葉」です。「家族とは、家の礎」、「家族とは、空気のようなもの」、「家族とは、鍋料理」などと、家族を何かに例えたものを、解説も添えて30個も挙げています。この中からまた絞りますが、ここは自分の家族を考えて照らし合わせると、「家族とは、学校である」をピックアップして語りたいと思います。
家族とは、確かに学校です。家族は第一の教育の場です。子供が幼稚園や保育園に入るまでは、家族の人の影響を受けて考え方が確立していくでしょう。考え方によって人の性格は定まりますので、学校に通うようになってからは、それぞれ異なった色々な人に出会いますが、家庭内での教育のやり方は家族によってそれぞれ違うことを示すでしょう。それだけ家庭内の教育は影響力の大きいものでありますし、決して乱用してはなりません。
親の教育は子供の人生を左右するものだと思います。一般に、しつけの厳しい親なら子供は素直に育ちます。好き放題にさせる親の子供は甘やかされます。しかし、子供に自由にさせた方が自ら考えて価値判断する力がつきます。なぜなら、もし厳しく教育するなら、子供が悪い意味でそれに慣れてしまい、毎回の説教の意味がだんだんと薄くなります。そうなると子供は自ら考えなくなり、怒られる恐れを避けるために、子供に押し付けられた「正しい」ことを行います。「正しい」と思い込んでいるため、行動前に考えることがなければ、行動後に考えることもありません。他方、自由に行動する人は、善し悪しの判断を事前に考えることはなくても、自分の意志による行動なのであれば事後に責任をもって考えることはあります。
もちろん社会の需要の型にはめるためには多少のしつけによる常識教育は必要ですが、「常識」という枠の真の意味を理解してからこそ、この社会に生きていける力がつくと思います。人間が理性によって生きていく世界であれば、人間は理性を働かせることを学ばないといけません。したがって、前述した一般論突き詰めて考えますと、手放さない親の方が子供は甘やかされるかもしれません。子供を機械に例えようとすれば、きちんと公式と制御装置が用意されています。しかし理性がないので全てのものとは応急対応しきれません。
「考える力」があれば臨機応変に行動できます。それが人間の持つ最も有能な武器だと思います。宗教が存在しているにも関わらず人間は未知なるものの「解」を探ろうとしていることに説明がつくでしょう。さらに、考える力に伴い、「清らかな心」も身につくと思います。
みなさんもぜひ、次世代の「考える力」を育てて良い明日を迎えましょう。