2014年度ガブリエル91号「家族を知る期間」修練士 篠崎 エジルソン

修練士 篠崎エジルソン

修練士 篠崎エジルソン

家族を知る期間

修練士 篠崎 エジルソン

ことしも『ガブリエル』の時期がやってまいりました。皆様と、少しばかりのことを分かち合うことが出来る喜びを感じます。今回のテーマ「家族」について、しばらく考えてみました。そこで、二つのことについて皆様と分かち合いたいなと思いました。
まず、一つ目は、私の血液関係にある家族です。その家族については、以前の『ガブリエル』でも触れました。私の母は長崎県で生まれ、十代の時にブラジルに移民したのです。父は、ブラジルで生まれましたが、両親は佐賀県出身です。その二人がブラジルで出会い、四人のこどもを授かりました。上から、長女と次女、長男と次男の4人です。私は末っ子です。この四人兄弟について少し分かち合いたいと思います。
その家族で生まれた私が、末っ子であることあって、兄弟と両親にとても大事にされました。わがままになるくらいかもしれません。兄弟四人は沢山の喧嘩をしました。しかし、今となり、それが全部笑い話となる良い思い出になりました。そんな兄弟ですが、私が8歳のときに離れ離れになったのです。当時のブラジルは不況でした。ちょうどその頃、日本で外国人に対する就労ビザの制度の見直しがあり、ブラジルに父母と私を残し、上の3人兄弟が出稼ぎとして日本にくることが出来たのです。その5年後、私と両親も日本に来ることになりました。5年という期間をおいて、兄弟がそろったのです。
その5年間の間、月一回の5分の電話で姉達と話すことが出来なかったので、3人と再会した時は戸惑いました。彼らのことをあまり知らなかったからです。長年、ずっと一緒に生活している兄弟とは、少し違った感じでした。ですから、再会してから、しばらくの間は姉達を知るための時間が必要でした。しかし、その間を超えて、いろいろと思い出しながら、また、新たな発見をしながら、私たちは兄弟であることを実感するようになりました。不思議なことで、5年も離れていたという気持ちはなくなりました。兄弟愛の力によるものでしょうか。そして、再会ができてから17年経ちます。現在は、姉達にはそれぞれの家族があり、会う回数も減りましたが、兄弟間の気持ちは変わっていないと感じます。いわば、普通の何の変哲もない兄弟です。
そして、もう一つ分かち合いたいことは、私の今の生活です。神言会に志願者として入ってから3年半経過しようとしています。今は、多治見修道院で修練士として1年間の修練期を過ごしています。皆様ご存知の通り、簡単に言えば修練期は自身の召命を見極めながら、祈りの生活を送る期間のことです。
また、そこにもうひとつ課題があります。それは、神言会という修道会を知るための期間でもあります。創立者である聖アーノルド・ヤンセンや、最初の神言会宣教師聖ヨセフ・フライナーデメッツや、修道会の初期の歩みなどをこの修練期で学びます。さらに、現在の神言会の活動や、会の精神や、会則などについての勉強もあります。それをすべて、祈りを中心とした生活の中で学びます。
祈りの生活については、多治見修道院はとても恵まれたところです。緑に囲まれていて、ぶどう園もあって、毎朝鳥の鳴き声をききながらミサにあずかることも出来ます。祈るためには最適です。その多治見修道院なのですが、実は、私たち修練士共同体だけではなく、他に二つの共同体があります。アーノルドス・ハイム共同体と多治見教会で働いている司祭たちの共同体です。さらに、日本で宣教し、亡くなった神言会会員たちの墓地もあります。そんな環境の中で私たちは修練期を過ごしています。
その二つのことを考えた私が、二つの間に一つの共通点に気づくことが出来ました。その点は、「家族を知る期間」ということです。 つまり、若い時に離れた兄弟と再会した自分は彼らのことを表面的にしか知らなかったのです。しかし、共に時間を過ごすことによって、彼らを深く知るようになり、私たちの間にある兄弟愛を実感することができました。そして、修練期の一つの側面は同じではないかと思います。神はすべての神言会会員と私たちの父であります。したがって、聖アーノルド、聖フライナーデメッツと先輩の会員たちは私の兄弟です。しばらくの間、私がその兄弟たちと離れていましたが、こうして再会できたのです。そして、今、この修練期はまさに、その家族を知る期間であります。また、多治見修道院というところで過ごしていることに特別な意味もあります。教会で働いている兄弟、現役引退をした兄弟、そして、宣教のために命を捧げ亡くなった兄弟と同じ修道院にいることによって、より神言会という家族を知ることが出来ます。
16年前、姉達と再会した自分が最初戸惑いました。しかし、神のめぐみによって、家族を知るようになり、後に兄弟愛という強い絆に気づき、どれだけ家族を愛しているかを実感しました。
そして、神はまた新たな家族を知る機会を与えてくださいました。この修練期はその大切な期間です。ですから、皆様の祈りに支えながら、修練期で自分の祈りを鍛え、信仰を成熟し、よりイエスとの関係を深めながら、神言会をできるだけ知るようにがんばりたいと思います。