2014年度ガブリエル91号ひろっぱ

テーマ「私のこだわり」

中1 竹内 虎ノ佑

皆さんには、「自分のこだわり」がありますか?私には一つ大きなこだわりがあります。それは、「願い事」です。この「願い事」はお父さんやお母さんにお願いするなどの普通のお願い事ではないのです。・・・・・・「神様」にお願い事をするのです。

皆さんは今、悲しんでませんか?悩んでませんか?そんな時には一度、落ち着く場所で願ってみてください。

私も最初神学校に来た時は、親と離れて悲しい時間もありました。でも、そのことを神様に、「神様、僕は今さびしいです。助けてください。」とお願いすれば、少しずつさびしさがなくなりました。それから私は「神様ってやっぱりすごい!」と改めて感じました。今ではもう、全くさびしくなく、逆に楽しいです。だから皆さん神様は、私たちの祈りを聞いてくださるのです。

どうか皆さんも、神様に「願い事」をしてみてください。

 

中二 江口 貴裕

僕のこだわり、それは、祈りを一生懸命唱えることです。神学院でも地元の教会でも、大きな声ではっきりと、早くなりすぎないように唱えることが僕のこだわりです。これからは、聖堂内での姿勢にこだわりを持っていきたいです。

中二 里中 将希

皆さんには、「こだわり」がありますか?僕には一つ大きなこだわりがあります。それは、「大きな夢を持って、それに向けてがんばること」です。自分が何か頑張らなければ、この世にいる意味はないし、頑張らなければ、自分の人生はつまらないと思っています。

ですから、友達に「これはお前には無理だ」と言われたとしても、無理ではないことを証明したいし、自分が目標を持ってその目標に向けてがんばって達成できたら、気持ちよくなるし、がんばったのはむだではなかったと思えるようになります。だからこのこだわりがあります。

そして友達や家族に「将希が頑張ればできる」と言われたいし、見せたいです。

自分のこだわりにむけで頑張り続けたいです。

 

高二 磯部 悠介

私のこだわりは、テニス用品において、ヨネックスの物を買うこと。靴や靴下を履くときや脱ぐときは左足から脱ぐ。また、睡眠時間が一日6時間から7時間半になるように、寝る時間を調整することがこだわりです。

 

 

高三 藤田 リオン

私は、走ることが好きで、走らないと気が済まないので三十分でも時間があったら走ります。私の性格上、負けず嫌いな所と自分との戦いが好きということもあり、やはり走ることはやめられないです。

皆さんも、時間があったら、思い抜きやリフレッシュする感じでもいいので走ってみてはどうですか。最初から、疲れるから走りたくないとかではなく、一度挑戦してみてください。すると、走ることで達成感など味わえたり、何かを伝えられるのではないでしょうか。

LET’S RUN!!

 

高三 藤田レオン

わたしが今、こだわっていることと言えば鞄や帽子、ベルトなどの身につけるものにこだわりを持っています。特に、メーカーやブランドにこだわっていて、もし、鞄をプライベートで持ち歩くとしたらスポーツメーカであるアディダスやナイキなどの鞄なのかマンズに限らずグッチやコーチなどのブランドの鞄かで選ぶ時に迷うことが多いです。なぜなら、良いメーカーやブランドはすぐに選べるのですが、その中でもプライベートで持ち歩く時に良いメーカーやブランドでもすぐに壊れてしまっては駄目だらかです。だから良い物でも素材や品質を確かめてから選んだり、それに耐久性に優れているのかいないのかでは全然違ってくると思うのでこだわっているからにはこれからは、鞄や帽子、ベルト、財布などは確かめてから選ぶようにしたいと思います。

 

志願生 浜田 叶夢アンドレ

私はTwitterでは臭い台詞ばっか吐き、 Facebookでは英語で嘆き、LINEでは病んでます。が、どれもかまってほしいなだけです。普段から寂しいのでお相手にしていただければ嬉しいです。

 

修練士 篠崎エジルソン

「私のこだわり」というテーマについて、どのように書けば良いのか迷いました。ですから、私のいろいろなこだわりを箇条書きにしてから書き方を考えようと思いました。しかし、箇条書きでも良いのではと思い、そのまま書くことにしました。(これもこだわりのひとつかなー)笑。

  • 部屋のベッドは必ず壁を右に付くようにしています。そうしないと、ベッドからは落ちます。
  • カギとキーホルダーは必ず右ポケットに入れます。じゃないと、なくします。
  • シャワーは必ず頭から始まり、足で終わります。じゃないと、スッキリしないのです。
  • 右利きだからかもしれませんが、歯磨きは左下の奥歯から始めます。
  • 食事は必ずご飯から始まり、一番美味しいと思うおかずを最後に食べます。
  • 本は、一冊を最初から最後まで読むのではなく、複数の本をちょこちょこ読みます。
  • ボールペンは3mmの細い芯が良いです。シャーペンは0.5mmで良いですが2Bじゃないとだめです。
  • 音楽無しに勉強はできないと思いますが、途中、邪魔だと思い、オフにします。
  • 目覚ましに好きな音楽を使いません。好きな音楽に起こされると、嫌いになります。
  • 最近、腕時計に慣れてきました。今までダメだったのです。しかし、アナログよりデジタルです。秒単位まで気にすることがあるからです。

修練士 傍島 義雄

修練期の途中から、アフリカに行って学び活動したいという内的な欲求が私の中に芽生え、育ってきている。この内的な欲求は、突然芽生えてきたものだろうか。記憶をたどれば、もっと以前から、少年期にアルベルト・シュヴァイツァーの伝記を読み、その生き方に感動した時から、私の心のどこかにアフリカが存在していたのかもしれない。シュヴァイツァーは若い頃、三十歳までは学問と芸術に奉仕し、その後は直接人間に奉仕する道に進もうと決意し、それを実行に移した。彼は三十歳を過ぎてから医学を修め、三十八歳の時にアフリカに渡り、現地の人々への伝道と医療に奉仕した。

私はこれまでに、アフリカの中でエジプトには観光で行ったことがある。聖家族も一時期滞在したとされるエジプトである。しかし、サハラ砂漠以南のアフリカには行ったことがなく、未知の世界である。未知の世界ゆえに興味があり、また怖さもある。無知からくる間違ったイメージもあるだろう。修練院の休憩室の本棚に、かつてガーナで活動していた日本人宣教師が書いた記事が載っている本があるのを見つけ、アフリカへの興味が増し加わった。そういえば中学生の頃、小神学院で彼のガーナでの活動の話を、スライドを眺めながら聞かせていただいた記憶がある。

勇気を持って別の司祭にお願いして、ガーナでの経験を聞かせていただき、宣教師のために書かれた『GHANA HANDBOOK』という冊子を譲っていただいた。ガーナの公用語は英語である。一ページを読んで訳すのに数日かかりながら、毎日少しずつその冊子を読むという勉強を、一ヶ月以上続けることが出来ている。加えて、ガーナについて日本語で書かれた本を購入して少しずつ読んでいる。また、ガーナ出身の神学生が修練院に黙想に来た時には、多くの質問をさせていただいた。アフリカ、ガーナへの興味と学びが続けられているということは、そこに導きがあると考えて良いのではなかっただろうか。現地で、異なる文化の中で多くのことを学べるであろうし、為すべき仕事が待っているように思う。日本人司祭が減少傾向にあるのだから、将来的に日本で働くつもりで勉強に励んでもらわないと困るという意見もあるのだろうけれど、日本人宣教師が海外で活躍していくことによって、日本国内の宣教意識も変化してくるのだと思う。

アフリカに行くことになるかもしれないという私の話を聞いた妹の一人は、「それを聞く前から、アフリカに行きそうな気がしていた」と意外な反応を示した。そして時々、「アフリカに帰りたい」という独り言をつぶやいている自分がいる。その直感を信じてもよいのではなかろうか。願わくは、アフリカへの気持ちが一時的な興奮で終わることなく成長していき価値あるものへと導かれていきますように。必要な体力と精神力を身につけていくことができますように。

立願神学生 森 智宏

神学院内では、こだわりのない人間、すなわちどうでもいい性格をしていることで有名な私であるが、多少はこだわりがある。その数少ないこだわりのうちの一つが、本である。一般的に本を買う時、内容を加味して購入すると思うが、私は本の匂いを嗅いでから購入する。新品の本を買うときはしないが(大抵新品は良い匂いがしているので)、中古の本は必ずにおいをかいでから購入するようにしている。昔買った本で、本の匂いのために、ほとんど集中できなかったことがあってから、購入する際は、必ず匂いのきつくないものを購入するようにしている。これが私のこだわりである。

立願神学生 荒田啓示

こだわりですか。うーん、黒い服を着ることでしょうか。中学3年生ごろ、同期の○山君から「お前マジでファッションセンス皆無やな。」とピーコもびっくりの辛辣なチェックを受け「じゃあどんな服着ればええんや?」と訊くと、「黒なら誰でも合うぞ。少し体型も締まって見えるで丁度ええんじゃね?(適当)」という有難きお言葉を頂戴しましたので、それ以来ずーっと黒い服を好んで着ております。最近はそのお言葉を授けられた先○君から「お前黒ばっかり着るなや」と言われておりますが、どないせいっちゅーねん!皆様、神学生・司祭のファッションチェックも一つ面白いかもしれません。それぞれの特徴が見えてくることでしょう。

 

立願神学生指導司祭 暮林 響

一番小さい時からこだわっていることは、自分の皿についだものは最後まで食べきることです。祖母が、お茶碗に残る米粒を見て、「カンボジアの子は、何も食べられずに死んでいくのよ。あなたは食べられるんだから、最後まで食べなさい」と言ったからです。

時々忘れてしまいますが、メールを送る時、自分の文章の書き出しを一時下げすることをこだわって心がけています。大学時代の後輩で、国文科で勉強していた友達が、一時下げには、自分を下げ、相手を尊重する意味があると教えてくれたからです。

服はなるべく黄色系の服を着るようにしています。高校の時に半月損傷をしかかって、東洋医学研究所で処方を受けた時に、治療に役立つツボに黄色いシールを貼って目覚ましく治ったからですが、そのうちに、黄色い服を着ていると、自分の気分が落ち込んでいても、周りがなんとなく明るくなってくれて、周りにも自分にもポジティブな空気を生みだしたからです。今では、人が何かにつけ黄色いアイテムをプレゼントしてくださるので、それを大切に身につけることにしています。

ケーキを作るのですが、レシピにこだわりがあります。ザッハトルテは、姉がウィーンにいた頃雑誌で見て一番自分の口に合ったものだと言って教えてくれたレシピ、チーズケーキは、多治見にいた時に一人の友達が教えてくれたレシピです。多分インターネットでも調べれば、まったく同じ材料で同じ分量のレシピが出ているのかもしれませんが、僕にとってはこの二人から教えてもらったレシピなのだという思いと誇りがあります。

日曜日は、午前中にミサがある場合、最初のミサをするまで食事をとらないというこだわりがあります。身体的な空腹感が、主を迎えることに対する空腹感につながると学んだことがあるからです。

静修や黙想会の際の、特に食事の時は、沈黙を厳守するこだわりがあります。それも、ことばだけでなく、目線も、体の動きもできるだけ抑えます。食後に皿を置くときも、できるだけそっと音を立てずに置くようにしています。それは、アルゼンチンにいた時に参加したある黙想会では、台所スタッフが、参加者のためにテーブルの位置を変えたり食器を洗ったりするのに、三日間、ことばと音を祈りのうちに神にささげることになっていて、その犠牲がどれほどのものか、身にしみて感じたからです。

こだわって、大切にしていることには、それぞれのきっかけがあって、譲れないところがあります。ただまぁ、これが他の人に対する押し付けにならないように気をつけなければ、と思います。

 

 さぶかるの森

OTK・MORI

そろそろ「ひろっぱ」のコーナーも寂しくなってということで、今年から始まるこのコーナー!ここでは、日本のサブカルチャーの知識の宝庫であり、サブカルチャーの森と呼ばれるこの私が、今や日本が誇るマンガ・アニメの設定や用語を解説しつつ、それについての考察をし、今後の神学院における利用価値を考えようというもの。今回限りのコーナーかもしれないが、とりあえずお付き合いいただきたい。

今回のテーマはこちら

「ニュータイプ」(機○戦士ガ○ダム)

 

解説:いわゆる新人類のことである。

と言っても地球外生命体のような見た目をしたおどろおどろしいものではない。そもそもこの作品は、地球と宇宙の抗争を主軸としているが、この作品における「ニュータイプ」とは宇宙に進出した人類が、広大な宇宙と、重力に縛られない空間において、新たな感覚に目覚めた者のことである。作品内ではさながら「テレパシー」のような扱いや、予知能力のように扱われているが、厳密に言えばそうではない。人間の感覚能力が宇宙サイズまで広がり、五感が鋭くなったり、コミュニケーション能力が上がったりするというものである。

さて、宇宙開発が進められた現在において、人類の宇宙進出の可能性も広がってきた。そのうちに宇宙旅行なども可能になってくるのかもしれない(われわれが生きているうちか分からない)。どちらにせよ、まずは人類が宇宙に進出しない限り分からない。霊界と繋がる人が現れてくる世の中であるから、別に不思議はない話である。

では、神学院において、「ニュータイプ」は必要か? 私論であるが、必要ないであろう。確かに「言葉が通じない」なんてことがあったにしても、それに有り余るコミュニケーション手段がある。また「ニュータイプ」に覚醒するより、言語を習得した方が手っ取り早いように思える。

もし、現在の技術の水準の世の中にあって、「ニュータイプ」に覚醒する者がいるとするならば、それは人間から言語を始めとしたコミュニケーション手段が断たれる、もしくは困難になった時、もしくは、宇宙との交信が可能になった時であろう。