2014年度ガブリエル91号「家族:創造と受肉の場」神学院院長 マリスアヌス・パレ・ヘラ

神言神学院院長 マリス神父

神言神学院院長 マリス神父

神学院院長 マリスアヌス・パレ・ヘラ

天地創造の六日目に神は人間を創造した。神は言われた「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」と。そして「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(創1・26-27)。こうして創世記は、人間社会の最小単位が孤独な一人の人間ではなく、人格的なかかわりにおいて生きている二人の人間であることを描いている。創造主ご自身が愛の内にかかわりを有する神、「我々」という三位一体の交わりの中にいる神だからである。その交わりに参与する男と女を通して、創造の神秘が継承されるのである。

受肉の神秘もまた人格的なかかわりを持つ二人、マリア(ルカ1・26-38)とヨセフ(マタ1・18-25)を通して行われる。マリアの体内に宿り、ベトレヘムで生まれた神の子は、ナザレの聖家族の中で「人間」として成長する。ルカ福音書によれば、イエスが12歳の時に、両親はイエスをエルサレムに連れて行った。彼らはイエスにイスラエルの一員としての義務を教えた。イエスは両親に従い、従順を学んだ。神殿の中に残っているイエスを捜す両親に対して、イエスは「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」と答えながらも、イエスは両親と共にナザレに戻っていた。ルカによれば、イエスは両親に仕えながら、知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された(ルカ2・41-52)。こうして神の子イエスは、ヨセフとマリアの家族の中で一人の人間として成長していった。聖家族は受肉の場である。
愛に基づく人格的な関わりが培われ、保証される人間社会の最小単位を我々は「家族」と呼ぶ。そこでは真の人間の成長が可能となり、創造と受肉の業が継承されるのである。