2014年度ガブリエル91号・小神学生

小神学生

私の家族

中一 竹内 虎ノ佑

 皆さん、今年の4月から聖ルドヴィコ神学院の一員となった竹内虎ノ佑やで!(笑)冗談はさておき、今回のテーマは家族ということですが、私の家族は今大阪にいます。そして私は、なんと、私をふくめて三女一男です。私は女の子に囲まれ、あまり楽しくないし、気持ち悪いと思う人がいると思いますが、私はひとつも思っていません。なぜなら・・・「神様の導き」なんですから。
神様は私を「似姿」としてこの世界に生まれさせて下さったので、私は楽しく人生を送り、家族も大好きです。そんな家族に恩返しがしたいと思い、「司祭」になりたいと思って、今神学校で努力しています。そして、私のこの文章を読んでくださっているあなたと、世界中の人々の幸せと健康と安全をお祈りしています。これからも家族を守りたいです。

 

僕の大切な家族

中二 里中 将希

 僕は、南米のボリビアという国のサンタクルス・デ・ラ・シエラ市に生まれました。その頃両親二人とも大学の学生で、お父さんは「プログラマー」、そしてお母さんは「宗教」の先生をめざしていました。
けれど両親はもう結婚していましたので、学生生活はそんな簡単なものではありませんでした。しかも僕が生まれるという知らせを聞いたお父さんは、僕のためだけに自分の夢の「プログラマー」をあきらめて、大学を「中退」までしてしまいました。そしてお母さんは、その後も早く大学を終えて先生として働けるように、休む暇もなく朝早くから夜遅くまで、一生懸命大学で頑張っていました。
それでお父さんもお母さんも夜遅く家に帰ってくるから、僕はずっと一人でいることになりましたが、その時おばあちゃんやおじいちゃんは両親に「将希君の面倒は見るから、しっかりと仕事で頑張ってね」と言いました。
時がすぎて、やっとお母さんは大学を卒業し、先生として学校で働いていました。そして僕は5歳になったとき、「もう小学校に行きたい」とお母さんに伝えたら、お母さんは「小学校は7歳からだよ」と言われました。けれど僕は、やっぱり小学校に入りたいと思って調べたら、「とびきゅう」しかなかったです。僕は、その頃あんまり勉強は好きではありませんでしたし、あんまり勉強はできなかったです。でもお母さんやお父さんに勉強をおしえてもらったおかげで、僕は早めに小学校へ入学することができました。その学校は、けっこうよかったのでうれしかったです。
でもお父さんは日本に来たいという気持ちがあって、僕は小学三年生の時日本に来ました。僕は、本当に悲しかったです。しかしある日、お父さんから一本の電話があって、「日本に来てみたくない?」と言われました。僕はうれしくなって日本に来ました。そしてもう七年も過ぎました。それで今家族は五人で、皆一生懸命頑張っています。
自分のことを支えてくれた両親や、いつも僕のことをめんどう見てくれたり心配してくれたりしたおばあちゃんやおじいちゃんに、本当に感謝しています。

 

自分と他人

中二 江口 貴裕

 僕は自分をふくめて四人家族です。お父さん、お母さん、そして僕の上に姉が一人います。
神学院に入ると周りの人から、「家族とはなれてさびしくないの」と問われることが多くなりました。でも僕はあまりさびしいとは感じなかった方でした。逆に、少しわくわくしながら神学院に入りました。でもたまに、神学院よりも家にいた方がいいと思うこともあります。例えば、時間の問題です。家とは違って、神学院では時間に縛られ、少し自分にとってはきつい時があったりして、それを考えると、家の方が楽に過ごせるし、家族がいると安心もできるから、神学院より家の方が良いと思うことがあります。
でも僕の家は少しふくざつな家庭なので全員そろっていられるのは正月ぐらいです。夏休みに帰省しても、一人でいることが多くなってきて、そう考えたら、やはり、神学院にいた方が楽しいこともあります。ですから、僕にとっては、神学院にいる人も全員が家族だと思いながら生活しています。
皆さんはどうですか?自分の家族以外に家族だと思える人はいますか?
家族とは、自分が心を許せる範囲内の人のことをいうのだと僕は思います。その家族には、なにかしらのぬくもりがあると思います。そのぬくもりにずっと甘えるのではなく、そのぬくもりに対する考え方を変えながら、これから生活していきたい。

 

 

家族

高二 磯部 悠介

 「家族」それは、人が生まれた時、初めて属する集団。また、社会構成の基本単位と辞書には書いてあります。人とは、その漢字が示すように、助け合って生きています。ですから、家族という集団に属する以上は、互いに助け合いながらいきていかななければなりません。
しかし、よくニュースで、父親や母親が自分の子どもを殺したり、息子が年老いた両親を殺すといった事件を耳にします。その犯行動機は大抵「面倒を見るのが大変だったから」や「ウザかったから」に類する理由が多いです。しかし、このような学純な理由で殺してはいけません。もちろん人を殺してはいけません。
さて、私がなぜこのようなニュースの話を持ち出したのでしょうか。もちろん家族の人を殺すなということについて言いたいわけではありません。私は皆さんに、「理由」の所に、注目してもらいたが為に、この話を持ちだしました。
私は、家族という組織または集団は、 “give and take” という関係の上に成り立っていると思っています。たとえば、人は母の胎に宿るときから、既に “give and take”の関係が始まっています。へその緒を通して、母親から栄養を貰う赤ちゃん。その赤ちゃんは、両親に喜びを与えるという関係や、母の胎に宿ってから自立するまでは、金銭的や肉体、精神的に両親に支えられるが、自立して、両親が定年になると金銭的に、年老いたり病気になると肉体・精神的に、息子や娘が支えるという関係など、まだまだたくさんあります。
また、私自身も中学3年の時、神学校に残るか、地元に戻るかということで、すごく悩みました。その時、母親が支えてくれたので、神学校に残ることができました。神学校に残ったことで、神学校で学んだ要理を活かして、母親が要理に関するレポートを書いているときに、アドバイスをするということは、その関係の一つだと言えます。
このように、家族は、日々助け合い、支え合いながら“give and take”の“give ”と“take”の間が長い時や短い時があります。しかし、先程挙げた理由は、すべてその瞬間の感情に流されています。支え合いながら生きていくには、時に「忍耐」することも必要です。
今回のこの「家族」というテーマで文章を書くとき、初めは「どう書くか」ということで悩みました。しかし、書いているうちに、改めて家族の重要性を感じることができました。これを切っ掛けに、支えられるだけでなく、もっと家族を色々なことで支えられるように努力したいです。

 

かけがえのない存在

 高三 藤田 リオン

 今回のガブリエルのテーマが「家族」ということで、私の家族について話したいと思います。
私の家族は個人的でユーモアあふれる家族です。なかでも特に母が一際目立っている感じがします。なぜかというと、どこに行くにしても、何を決めるにしても、ほとんど母が決めるからです。例えば、外食に行く際、最初は父が「あそこに行こう」と言い出すのですが、後から次々に、あちらこちら行くと自分を含め意見がばらばらになってしまいます。それが長くて四十分以上車の中で決まらず優柔不断な状況になっていたのを今でも覚えています。すると、母が「あいだをとってここにしよう」とつぶやくと皆それに納得し、ようやく食べに行く所が決まったという一致団結したかのように安心感につつまれました。
そのように母の一言で、こんなにまとまるのだなと思いました。また、母のノリにつられて、私を初め、父、兄、祖母までもがノリにのせられて、にぎやかになり、いつも笑っている私たちがいます。母はとても面白いです。
このように私たち家族はとても明るくて、フレンドリーです。私たちは、どこかへ出かける際、意見が合わなかったりしますが、一つだけ家族全員の心が一つになるときがあります。それは「祈り」です。話がとびますが、私たちの家族は「祈り」を通して色々な困難や苦しみに打ち勝っています。また、人の甘言にのせられる、つまり誘惑に負けることなく祈り続けています。祈りは決して見捨てません。
今現在、私は双子で小神学校に在籍しています。家族と離れるのは最初、ちょっぴりさみしいものでしたが、神学校という共同体もまた家族なので、さみしさは忘れました。私の家族と小神学校での家族を照らし合わせてみたら、皆家族でした。いや、全世界の人が家族だと実感させられました。
家族にとって一番大切な事は互いに愛するべき心が必要だと思います。ヨハネによる福音の15章12節に「私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これが私の掟である」と。つまり、「隣人愛」を大切にするということです。
最後に私にとって家族とは、かけがえのない存在だと思っています。これからも感謝の気持ちを忘れず家族みんなで共に助け合い支えあっていくことができるように、より多くの「絆」を深めていきたいものです。

 

家族

高三 藤田レオン

 私の家族は、六人家族です。六人で一緒に暮らすのはとても楽しく、にぎやかで温かみが感じられます。なんといっても、いつも明るい母と、楽しく会話するのが好きな祖母と父、そして一瞬にして場を盛り上げるような言動をして笑いにかえる兄と弟、私がそろっているからです。それは、まるでパーティーをしているのかと思うぐらいにぎやかです。友人といても親しみがあり、にぎやかにはなるのですが、家族の場合はそれ以上に盛り上がり、毎日が楽しいです。
家族は皆、旅行に行ったり、どこかに出かけたり、ドライブが好きなので夏休みになったら暑さを凌ぐために行ったりします。このとき、色々な道を知っている父が運転をするので、渋滞に引っかからずにスムーズに進み海に行きます。海では、泳いだり遊んだりして楽しみます。そうしているうちに時間はあっという間に過ぎ、家に帰りその日にあった出来事を分かちあいます。
そんな私の家族は、意見がくいちがい、時にぶつかることもあります。しかし、私の家族はどんなに意見がくいちがっても、すぐに和解します。家族だけに限らず、身近な人や友人とも意見がくいちがったとしても、すぐに和解をすることができます。これらは、けんかするほど仲がいいというように感じます。
私たち人間にとって家族とは、悩んでいる時など相談にのってくれたり、一緒に楽しめたり、お互い助けあったり、心の支えだと思います。こんな家族を私はこれからも大切にし、そして毎日明るく楽しい父と母、祖母、兄、弟、私で、これからも笑いの絶えない楽しい家族と過ごしていきたいです。