2014年度ガブリエル91号「家族の範囲が広がっていく」修練士 傍島 義雄

修練士 傍島 義雄

修練士 傍島 義雄

家族の範囲が広がっていく

 

修練士  傍島 義雄

 

修練期が始まって間もない三月に、甥っ子が生まれた。私にとって初めての甥であり、私の両親にとって初めての孫である。あの妹がついに母親になったのかと思うと、とても感慨深い。新しい命の誕生は、家族にとって大きな喜びである。

生まれたばかりの甥っ子と、私はこれまでに三度対面し、その度に腕の中で抱きしめる機会を得た。赤ん坊の温かさと、命の重みをしみじみと感じる。よく生まれてきてくれたねという甥への気持ちと、よく生んでくれたねという妹への気持ちで、胸が熱くなる。赤ん坊を抱きあげることにあまり慣れていない私は、抱き方がぎこちない。私の腕の中で甥っ子が泣き出すと、どうすればよいのか分からず、おろおろしてしまう。

私にも赤ん坊の頃があり、きっと両親や親戚、いろいろな人たちに抱きしめてもらい、笑顔を投げかけてもらったことだろう。考えてみれば、私自身も親になっていておかしくない年齢である。私が生まれた時の父母の年齢を、既に過ぎてしまっている。しかし、私は一般的な家庭を築く生き方とは別の生き方、宣教修道者の道を選び取ってきた。多くの人々の精神的な兄弟、もしくは親となる道を選び取ってきた。一人でいることに、気楽さや平安を感じることもあれば、さみしさを感じることもある。修道生活は、父なる神からの助けと、共同体の励ましがあってこそ続けられる。皆さまからのお祈りも大きな支えとなる。

修練期に入る前は、修練期に入ったら絵画制作に取り組もうと考えていたのだが、いざ修練期に入ると、絵画のことをほとんど忘れて畑仕事に時間と労力を費やすようになった。かつて畑として使われていたらしい土地を再び開拓する。マンノウやクワを使って土を耕し、大きな石や根を取り除き、土を手でほぐしながら畑を整えていく。土に石灰を混ぜて中和させる。畑に溝を掘り、種を蒔いていく。苗を買ってきて植える場合もある。野菜の成長が気がかりで、毎日のように畑に足を運ぶ。蒔いた種から芽が出てきた時は、本当に感動する。成長の様子に驚くこともある。雑草を抜き、苗を支柱に結びつけ、枝の剪定作業をする。「調子はどうだ」と野菜に話しかける。毎日水遣りをしなければならないと思い込んでいた最初の四ヵ月間は、毎日ジョウロを使って水遣りをしていた。

幼少期の記憶をたどってみると、そういえばかつて私の実家にも畑があり、両親が何らかの野菜を育てていた。小学校の理科の授業の一環として、野菜を育てた記憶もある。しかし、自分でここまで本格的に野菜づくりをするのは初めてである。失敗もしながら、日々、土や野菜から学ばせていただいている。

野菜にも心があり、育てる人の心が伝わるのかもしれない。畑仕事の喜びや大変さ、命を育てることの喜びや大変さを味わうと共に、生命の力強さや不思議さも味わっている。土や野菜との関わりの中で、日々の思い煩いや汚い感情が、半分くらい吸い取られていく。

人間には、あるいは生き物には、何かを生み育てるという本能が備わっているのではなかろうか。その何かというのは、人によって子孫であったり、芸術作品であったり、学術論文であったり、野菜であったりするだろう。修道者にも、何らかの創造的活動があると支えになると思う。私はこの修練期において、野菜づくりを体験することが出来ている。数えてみると、三十種類以上の野菜の種を蒔き、苗を植え、かなりの量の収穫を得てきた。育ててみて初めて、この野菜はこのように育つということを垣間見ることが出来る。

野菜たちは私にとって子どものようであり、家族でもある。野菜を取りまく土や雨、虫や温度、太陽や空気たちも、家族と言ってよいかもしれない。宇宙的な規模の家族の中で、野菜たちは育っていく。そして、毎日のように収穫される野菜たちを、修練院で共に生活している四つの国籍からなる国際的な家族の中で、分かち合って食べることになる。修練院の母のような存在である職員の方が、畑で収穫された野菜を使い、美味しい料理を作ってくださる。週に二日は自分たちで料理をする。家族である野菜の命が、私たちの命を支えてくれている。修練期に入り、私の中で考える「家族」の範囲が広がってきたように思う。大地の実り、労働の実りに感謝である。

生まれてくる命もあれば、神さまのもとに帰っていく命もある。六月のある日に、母方の祖父が帰天したとの知らせを受ける。修練期中ではあったけれど、葬儀には出席することを許された。祖父につながる多くの親戚、知人が集まった。久しぶりにたくさんの涙を流した。特に私の兄が孫を代表して「お別れの言葉」を読み上げている時には、ボロボロと涙が流れ出てきた。長男には長男として背負っているものがあり、それにひきかえ次男の私は好き勝手なことをしてきたと、申し訳ない気持ちになる。多治見修練院に送り届けてもらう車の中で、兄と二人で話をすることができた。野菜づくりの話などをしたが、もっといろいろな話を兄から聞いていたい気持ちだった。

修練期に入って、母と顔を合わせる機会が一人暮らしや志願生のころよりも格段に多くなった。私の出身教会が多治見教会であり、実家がその隣の市にあることから、そのような現象が起こる。ほぼ日曜日ごとに、ミサの中やその後に母と顔を合わせることになり、簡単な挨拶を交わすこともある。会話らしい会話をすることは少ないが、ミサの中で祈る母の姿に励まされている。

かつて兄弟姉妹の中で私だけ教会に通っていなかった時期があり、今はその立場が逆になっている。かつて教会に行かなくなって母を悲しませた分、今その穴埋めをしていると言える。教会の奉仕に携わる母を陰ながら応援していくことが、今できる精一杯の親孝行かもしれない。

修練期は花嫁修業のようだと感じることがある。畑仕事や庭木の手入れ、玄関掃除に料理や毎回の皿洗い、そして毎日の日記の中での神さまとの対話。キリストの教会に嫁入りし、多くの人々の親、兄弟のような存在になっていくための修業をしている。

修練期を無事に乗り越えて、休暇で実家に帰省することを許されたら、これまでよりも家の掃除や料理、皿洗いなどを手伝おう、家族との食事や対話の時間を大切にしようと思う。願わくは、生まれ育った家族を大切にすると共に、もっと広い範囲で、あらゆる人々や被造物を家族として尊敬し、平和のうちに共存していく道を探し求めていくことができますように。(2014年10月執筆)