月別アーカイブ: 2015年3月

2014年度ガブリエル91号 ザビエルハウス紹介

ザビエルハウス

ザビエルハウス

2014年度のザビエルハウス紹介

ザビエルハウスは神言会日本管区のOTPプログラムや来日したばかりの新任宣教師たちの拠点となっています。今年、南山大学留学生別科で汗水を流しながら日本語習得に励んでいる3人のOTP神学生と6人の会員が住んでいます。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号 オープンハウスのご報告

オープンハウス

オープンハウス

オープンハウスのご報告

オープンハウス総務

去る十月十九日、神言神学院オープンハウスが行われました。今年は「世界宣教の日」に合わせ、日頃お世話になっている養成後援会、恩人、友人の方々を招き、時間を共にすることができました。こうした時間を持てたことは、主の導きと皆様の協力と支えあっての賜物と存じます。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号ひろっぱ

テーマ「私のこだわり」

中1 竹内 虎ノ佑

皆さんには、「自分のこだわり」がありますか?私には一つ大きなこだわりがあります。それは、「願い事」です。この「願い事」はお父さんやお母さんにお願いするなどの普通のお願い事ではないのです。・・・・・・「神様」にお願い事をするのです。

皆さんは今、悲しんでませんか?悩んでませんか?そんな時には一度、落ち着く場所で願ってみてください。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「知っていますか?」司祭 ロバート・リーマー

司祭 ロバート・リーマー

司祭 ロバート・リーマー

知っていますか?

司祭 ロバート・リーマー

神言神学院という共同体「Community」は40人のメンバーからなっているのを知っていますか?若い神学生は19歳ですが、一番年上の神父は84歳です。しかし、我々40人は皆一つの共同体というよりも、私達は一つの霊的な家族「Family」だと言った方がいいでしょう。家族のメンバーは皆互いに尊敬し、互いに手伝っているのです。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「憩いの場」司祭 メイヤー・ディヴィット

司祭 メイヤー・ディヴィット

司祭 メイヤー・ディヴィット(左)

憩いの場

司祭 メイヤー・ディヴィット

ナゴヤドームに行ったときにそこは憩いの場所だと思いました。中の色は主に青と緑です。そして目立つ部分は内野の赤褐色です。その色の組み合わせを眺めると心が安らぎます。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「神の子供たち」司祭 品田 豊

神の子供たち

司祭 品田 豊

イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい』」(マタイ223739

キリストの福音を宣教することは、全世界のすべての人が、神の子どもであり、神を父親と仰ぐ家族であることを告げ知らせることです。その家族の中では、誰もがかけがえのない存在として神から愛されているのです。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「そばにいてくれる家族」オブレート会司祭 スティーブ・ロサリオ

オブレート会司祭 スティーブ・ロサリオ

オブレート会司祭 スティーブ・ロサリオ

そばにいてくれる家族

オブレート会司祭 スティーブ・ロサリオ

「あなたは、あなたの家族を選択しないで。

あなたがたは互いに神からの贈りものなのですから。(デズモンド・ツツー)」

教皇フランシスコは、家族のために「世界家族の日」を記念して、2013年10月27日、サンピエトロ広場でミサをなさいました。そして、「信仰の喜び」とともに「生きること」をテーマとしました。 そのとき、教皇は説教の中で家族として祈り続けて、喜びを経験するという話をされました。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「家族は祈りと活動のエネルギー源」ヴィアトール修道会 助祭 バティオノ・ウィリアム・セルジュ

家族は祈りと活動のエネルギー源

ヴィアトール修道会 助祭 バティオノ・ウィリアム・セルジュ

カトリック教会では、夫婦を最小単位とし、基本的に夫婦と子どもという構成で「家族」を捉えている。しかし、私は子どもの頃、祖母の家で育ち、両親は別の家で暮らしていた。これは、なにか特別な事情があったわけではない。私の母国、ブルキナファソでは子どもは両親と共に暮らさない習慣があったからだ。しかも、私は小神学校に通ったので、中学生で家族から離れて暮らした。大学では、家族から350km離れた街で暮らした。だから、私には「共に暮らす家族」の思い出があまりない。では、私はとても孤独だったのだろうか?そんなことはない。母は私を厳しく、そして優しく愛してくれた。日本とブルキナファソはとても遠いので、母にはめったに会えないし、電話やインターネットでの会話も頻繁にはできない。しかし、母と私は親子の愛情でしっかりと結ばれ、互いに心配し互いに励まし合いながら、今日に至っている。一緒に暮らしていることだけが「家族」の証明にはならないということだろう。 続きを読む