7日目「パン種となること」修道士クリス

マタイ13章31−33節
イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」 また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

小さいたねは弱いけれど、成長すれば、大きくなって強くなります。

私は毎週の木曜日に、栄にホームレスのための炊き出しに行っています。そこにたくさんのホームレスがいます。そこで、私は弱い人、住む家のない人に出会いました。彼らは、あちこちさまよいながら、残りの人生を過ごしている浮浪者です。彼らは、どのように家に帰るのかを知らないし、 また、彼らは、家に帰ることがないのです。彼らは、どこへでも行くことができるかもしれませんが、帰ることができないのです。

他のボランティアさんと共に、私はそこに行って、彼らに食べ物と飲み物を配りますが、それは彼らの人生を変えるには十分ではないと私は、実感しています。しかし、彼らの生活のあり方、特に生きていることへの誠実さは、私にどのように愛の中で成長し、また、どのように誠実に仕えるかを教えてくれます。

先ほど読まれたマタイ福音書では天の国が「からしの種」と「パン種」として例えられています。種は小さいものです。 目に見えない小さなものの中には、意味がないように思えるかもしれませんが、実は、その中に本当の意味があるのです。天の国は、小さなものから始まって、大きくなるまで成長していきます。

天の国の例えでは、小麦粉の中に入れた少しのパン種は、ぜんたいが発酵して、美味しいパンになりました。パン種は目には見えない小さなものですが、発酵させる力があります。これは、人の小さな努力、或いはどんな小さな奉仕的な行動であっても、神様が祝福して、いつか実りをむすばせてくれることを教えてくれます。このたとえばなしでは、ものの大きさや、目に見える外面的なことが問題ではなく、どのようにそれが成長するかということが大事なのです。その中で、私たちは成長させてくれる神様の力と、神様の存在の大切さを実感することが出来ると思います。

信仰は目には見えないが、神の国をよい行いをとおして、はっきりと目に見えるかたちで人々に証しするようにイエズスは強く望んでいます。どんな小さなことでも愛をこめて心から奉仕するなら、人々に新しい希望と生きる力をあたえます。信じる者の特徴はイエズスの愛の中で成長させていただけます。