ガブリエル」カテゴリーアーカイブ

2014年度ガブリエル91号「Charity’s Perfecting Grace」修練士 ジョナサン・レイ・ヴィリャコルタ

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修練士 ジョナサン・レイ・ヴィリャコルタ

Charity’s Perfecting Grace

修練士 ジョナサン・レイ・ヴィリャコルタ

“The highest cannot be without the lowest,” says Thomas A Kempis, and we know this to be true, especially as regards human love; for how else can we love and know its most replenishing gifts than to know it through the concrete, than to know them through those which are provided for us by our nature’s opaque existences? We do not love an idea that soars in the abstract realm of universality; at least not at first. Nay! We love our parents, we love our siblings, we love our friends, we love those who are closest to us,—and these we do love individually, palpably. And while it is also true that our love mirrors its source, this love is still enacted within definable humanity; it shines, albeit feebly with its borrowed brightness, on familiar corporeality. 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「家族と召命、母からのメッセージ」修練長ヘリ・ティブルティウス

家族と召命、母からのメッセージ

修練長 ヘリ・ティブルティウス

2014年5月24日、私の母が69歳で帰天しました。たまたま母が亡くなる前日に、私は電話で話す事が出来ました。その会話の中で、突然、母が私に「あなたは私を愛していますか」と聞きました。この唐突な質問に対して、私は母に「もちろん、私はお母さんを愛していますよ。ですから、今もこうして私は遠く離れた日本からお母さんに電話をしているのですよ。」と答えました。私の答えを聞くと、母は「ありがとう」とこたえてくれました。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「考える力」志願生 浜田 叶夢アンドレ

ディンド神父とアンドレ

ディンド神父とアンドレ

考える力

志願生 浜田 叶夢アンドレ

自分の家族について語るのは大変照れくさいものです。しかし、家族を客観的な目で眺めて感動する話は、Facebook,Twitterなど世間の人々の声を届ける、いわゆるSNSを散々に使いこなしてきたのであれば、頻繁すぎてもはや当たり前のようにそのような話を目にしていることでしょう。例えば“FAMILY”というのは実は “Father And Mother I Love You” という一文のそれぞれの単語の頭文字を取って表されたものである、というのが典型的でしょう。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「つながり」

志願生指導司祭 ディンド神父

志願生指導司祭ディンド神父(中央、赤ストライプ)と家族

つながり

志願生指導司祭 ディンド・サンティアゴ

先日の短大の授業では、イエスの系図をテーマにして話した。多くの人は、マタイ1・1~17を読んで、「無味乾燥で面白くないので、こんなものを読んでいられるか、本棚にしまっておこう」という気持ちになるだろう。イエスの系図をきっかけに、生徒たちにも自分の家系図を書くようにと宿題を与えた。短大生は皆、驚くほど真面目に色付けまでして細かく書き、なかには祖父母の兄弟まで調べた学生もいるほどであった。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号・小神学生

小神学生

私の家族

中一 竹内 虎ノ佑

 皆さん、今年の4月から聖ルドヴィコ神学院の一員となった竹内虎ノ佑やで!(笑)冗談はさておき、今回のテーマは家族ということですが、私の家族は今大阪にいます。そして私は、なんと、私をふくめて三女一男です。私は女の子に囲まれ、あまり楽しくないし、気持ち悪いと思う人がいると思いますが、私はひとつも思っていません。なぜなら・・・「神様の導き」なんですから。 続きを読む

2014年度ガブリエル91号「家族:創造と受肉の場」神学院院長 マリスアヌス・パレ・ヘラ

神言神学院院長 マリス神父

神言神学院院長 マリス神父

神学院院長 マリスアヌス・パレ・ヘラ

天地創造の六日目に神は人間を創造した。神は言われた「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」と。そして「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(創1・26-27)。こうして創世記は、人間社会の最小単位が孤独な一人の人間ではなく、人格的なかかわりにおいて生きている二人の人間であることを描いている。創造主ご自身が愛の内にかかわりを有する神、「我々」という三位一体の交わりの中にいる神だからである。その交わりに参与する男と女を通して、創造の神秘が継承されるのである。 続きを読む

2010年ガブリエル 院長挨拶

私は人間ウォッチングが好きです。電車やバスの中の人、買い物中の人、勉強中の学生、病院で自分の順番を待つ人、食事をしている人、さらにミサが終わって教会から出てくる人などを観察するのが好きです。Beauty Machine 変わった趣味かもしれません!色々な異なる所で見る彼らの顔が様々な気持ちを表現しています。それぞれの場面によって、彼らの顔には嬉しさ、悲しさ、痛み、苦しみ、孤独さ、楽しさ、夢や希望などが表れています。顔のその表情は、彼らの現状を表しているのでしょう。

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2010年ガブリエル 特集 聖体 「小神学生」

中一 磯部 悠介

この「聖体」ということばには、どんな意味があるのだろうか? 僕がそう考え始めたのは、小学六年生の時です。僕は小学五年生まで、この「聖体」というのはキリストの体ということを知らず、ただのパンだと思っていました。だから、神父様が聖体をわたす時に、「キリストの体」となぜいうのかなと、ずっと考えていました。小学六年生になった時に、父が「神父様にならないか」と言ってきて、「ちょっとだけならなってもいいかなぁ」と思い、そして「聖体」という言葉にどんな意味があるかを考え始め、六年生になって一カ月たった時、やっと「聖体」はイエス様の体ということが分かりました。今、僕は中学一年生で、神学校に入って三カ月がたちました。やっと生活にもなれ、今僕を入れて五人の神学生がルドヴィコ神学院にいます。この人たちと一緒に、神父様になることを目指しています。神父様になるためには、聖体の意味をもっと理解しなければなりません。だからこそ、ここで学ぶことはたくさんあります。そして、神父様の話をちゃんと聞いて、そこから学んでいきたいです。そして、ここで理解したことを、キリスト教を知らない人々に伝えていきたいと思います。

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