聖霊降臨 ノヴェナ 5日目 ・ エジルソン神学生

テーマ 「神のみ旨」

 皆様も、何回も「これは本当に神のみ旨なのかな」と問いかけてきたのではないかと思います。いま読んだ箇所にも創立者も同じように、神のみ旨を行うために、祈りを繰り重ね、神に応答しようとしていたことが記されています。
 この箇所を読んで黙想したときに、もちろん、神のみ旨を行うために、たとえそれが簡単なことでなくても、辛くても、弟子たち、マリア、そしてイエス自身の模範に従って、喜びをもって行わなければならないと思いました。しかし、もう一つの考えを浮かび、そして、自分が反省しなければならないと思いました。


 それは、私自身が、兄弟が神のみ旨を行おうとした時に、私がその兄弟を勇気づけず、力になれず、かえって、その兄弟が不安になるような言葉をかけたことが多々あったからです。つまり、神のみ旨の実現をじゃましたのです。
 自分がみ旨を行うために、祈りと黙想、神の声と時のしるしを読み取ろうとするが、兄弟がそれをやろうとしたときに、自分の偏見と先入観だけで軽い気持ちでそのときに思ったことを口にしたのはなぜだろうかと反省しました。
 これは、エゴイストな気持ちが自分にあるからではないでしょうか。自分のことについてはよく考え、祈るが、兄弟のためにそうしないエゴイストな自分がいるからのではないでしょうか。
 今日のこの箇所を読んで、ヤンセンの周りにも私のような人がいて、彼を励まし、勇気づけようとはせずに、不安になるようなことばを口にしたものもいたのだろうと反省しました。
 聖霊降臨が近づいています。願いたいことは、神のみ旨を行うように私たちの心を強くすること、と同時に、同じ三位一体の神の道具である兄弟たちが神のみ旨を行おうとしたときに自分が彼らを勇気づけ、励ます力がありますように。

4歳のエジルソン神学生と父