聖霊降臨 ノヴェナ 2日目・ジョナ神学生

テーマ 「言葉」

 先ほど読まれた聖アーノルド・ヤンセンの生涯のエピソードではヤンセン家の風景が少しでも想像することができるのではないかと思います。聖アーノルドがご両親とご兄弟たちと共に毎晩ロザリオを唱えたり、お父さんのゲルハルトが読んでいたヨハネ福音の冒頭、そしてそれについて語っていた言葉を聞いたりするという敬虔な家族は描かれました。それに、そちらから育てられた聖アーノルドは立派な司祭になり、自分の家で聞いた神様の言葉を創立した神言修道会を通して全世界に告げようとしました。

 当然なことだと思われるかもしれませんが、これを読んで思ったのは、人間をきちんと育つために言葉が必要だということです。勿論「actions speak louder than words」「行の方が言葉より強く語る」という英語のことわざは正しいと思うのですが、やはり、私達が思っていること、そして感じていることを、行いだけではなく、言葉でも現さなければならないのです。皆さんがご存じのように、言葉には特別の力があります。なぜなら、心無い言葉でさえ、知らないうちに、人の心が傷つけられたり、その人に嫌な思いをさせたりすることができるからです。そしてそれに対して、思慮深い言葉によって、人が励まされ、その人が大事にされるということは感じさせることができます。イエス様も、言葉の大切さを私たちに教えてくださいました。私にとってこの点が一番はっきりされているのは、復活されたイエス様の弟子たちへの挨拶です。小さな部屋に集まって隠れていた弟子たちを慰めるために、そして彼らの不安をなだめるために、「あなたたちに平和があるように」という素晴らしい言葉を彼らにかけました。この言葉があるからこそ、弟子たちが復活されたイエス様に向かうことができ、恐れながらエルサレムで、イエス様が約束された聖霊を待つことができたのではないでしょうか。こういう風に新約聖書に書かれた聖霊降臨の前の出来事を理解すれば、言葉の力、そして、言葉の大切さを改めて感じるようになります。

 私達も聖霊降臨に向かっています。神様のみ言葉であるイエス様が建てた教会にどんな言葉をかければ良いのでしょうか。私達が経験した神様の愛を他の人々に分かち合うためにどう語れば良いのでしょうか。聖アーノルドのお父さんのように、種である神の言葉を私たちの置かれた場所にどうすればうまく蒔いていくことができるでしょうか。これらに対する答えをすぐに見つけることができないかもしれません。しかし、弟子たちのように、聖霊から私達が言うべきことを教えていただけると思います。その時までに、私達は聖アーノルドと共に、「神の動詞——神のみ言葉——は、この世に生まれてくるあらゆる人を照らす力強く強烈な光である」という確信を持って生きていれば良いのではないでしょうか。そうすると、私たちからも良い言葉が生まれていくでしょう。ジョナ神学生の「ジョナスマイル」