始業ミサ

本日、神学生たちが大学での授業をはじまります。
・3名の志願生が新学部生
・1名の志願生が4年生に
・3名の新フラトレスが、修練期を終えて、学生生活を再開
・3名のフラトレスは新大学院生

それぞれが、新しい一歩を踏み出しました。
その新しい一歩のうえに、神さまの祝福と聖霊の賜物を願うべく、神学院では「始業ミサ」が行なわれました。司式は神学院副院長のD・メイヤー神父でした。
主の御復活の翌日だということもあり、恵豊かな祭儀でした。
学問に取り組む前に、霊的な糧に支えられた神学生たちが力強く、今年度の大学生活を始まりました。
皆様、神学生たちの学問的生活と霊的生活のために、お祈りください。

下記は、メイヤー神父の説教です。ご覧ください。

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IMG_4683「捨てた石が隅の親石となった」。(マタイ21章 42節)
知恵は聖なるものです。知恵によって神の創造物を味わい、神を感嘆(かんたん)し、崇(あが)めます。創造物はいろいろありますので、知恵もいろいろな形です。神学生はほかの学生よりも学ばなければならない課目が多いです。それはあたりまえだと思います。むしろ、それは思いがけない将来の準備のための恵みです。
普通の学生は自分の専門と人間関係についての課目が必要です。神学生は、キリストを伝えるしもべとして、聖パウロが言ったように「すべての人に対してすべてのものになりました」。(コリントI 9章 22節)将来に何が必要であるか分かりませんので、何が起こってもいいように心構えをしたほうがいいです。その上、いろいろな知恵の刺激は自分の隠れている才能を表します。
これから始まる学期が神について、人間について、世界のものについて、うまく勉強する機会になるように。そして、それぞれの勉強の良さを悟ることが出来ますように祈りましょう。面白くないときには、思い起こしてください「捨てた石が隅(すみ)の親石となった」。

2015年4月6日
始業ミサ、神学院地下聖堂にて
D・メイヤー神父